おもしろい本とは?
今週はよく本を買う。アマゾンの力恐るべし。あんなに便利で送料無料。
ほんとうはあまり本を買わないようにしている。まだ20代だったころ、本代はケチらないでほしいだけ買おうとおもっていた。そしたら一ヶ月の本代が5万円を超えた。さすがにこれは金銭的に、そしてなにより収納スペース的にまずいとおもうようになった。以降、図書館で済ませられる本は借りてよむようにしよとおもった。
これは何度も話していることかもしれないけれど、ある年に実験として「一年間で何冊本が読めるんだろう?」とおもったことがあった。文学やエッセイやビジネス書なんでもいいから手当たりしだいに読んでみた。その結果はたしか135冊だったとおもう。多いか少ないかはしらないけれど、プルーストの失われた時を求めて、みたいな死ぬほど長い本もふくめて、とにかくその冊数だった。だからどうだというわけではないけど、ただ135冊そうだった。
そのときに「すげーおもしろい!」とおもった本はたったの2冊だけだった。
どんな本をおもしろいとおもうか?どうすればおもしろい本とであえるのだろう?と考えてみたことがあるんだけれど、それは自分の疑問や興味がポイントなんだなあと考えるようになった。
「いまの自分に必要な経験は?知識は?誰に話を聞きたい?誰と話してみたい?」と自問してみて、その答えを持って本を探すといい本にであえる。
という風に書くといかにもありそうな話になるんだけど、実際そうじゃないケースもおおい。なんとなくぜんぜん期待せずに選んだ本がすごくおもしろかったりする場合もある。
とはいうものの、そういう経験を経て、自分にとってハズレの少ないジャンルというのはわかっている。それは「なにかを作り出している人の裏話、もしくはインタビュー、もしくは自伝」。こういうのをおもしろいとおもうことが多いようだ。
というわけで、今日は歌詞をどのようにして書いているかという本を読んでいる。
裏側の話、人の頭の中がどうなっているか見聞きすると、意外な発見がおおい。この人は自分とまったく違う考え方をするんだな、この人はこんな考え方なんだ、この人の思考パターンはすごく論理的なんだな、などなど。
そういう風にして他人のことをみて、結局発見するのは自分の考え方との差、つまり自分なのかもしれない。
ほんとうはあまり本を買わないようにしている。まだ20代だったころ、本代はケチらないでほしいだけ買おうとおもっていた。そしたら一ヶ月の本代が5万円を超えた。さすがにこれは金銭的に、そしてなにより収納スペース的にまずいとおもうようになった。以降、図書館で済ませられる本は借りてよむようにしよとおもった。
これは何度も話していることかもしれないけれど、ある年に実験として「一年間で何冊本が読めるんだろう?」とおもったことがあった。文学やエッセイやビジネス書なんでもいいから手当たりしだいに読んでみた。その結果はたしか135冊だったとおもう。多いか少ないかはしらないけれど、プルーストの失われた時を求めて、みたいな死ぬほど長い本もふくめて、とにかくその冊数だった。だからどうだというわけではないけど、ただ135冊そうだった。
そのときに「すげーおもしろい!」とおもった本はたったの2冊だけだった。
どんな本をおもしろいとおもうか?どうすればおもしろい本とであえるのだろう?と考えてみたことがあるんだけれど、それは自分の疑問や興味がポイントなんだなあと考えるようになった。
「いまの自分に必要な経験は?知識は?誰に話を聞きたい?誰と話してみたい?」と自問してみて、その答えを持って本を探すといい本にであえる。
という風に書くといかにもありそうな話になるんだけど、実際そうじゃないケースもおおい。なんとなくぜんぜん期待せずに選んだ本がすごくおもしろかったりする場合もある。
とはいうものの、そういう経験を経て、自分にとってハズレの少ないジャンルというのはわかっている。それは「なにかを作り出している人の裏話、もしくはインタビュー、もしくは自伝」。こういうのをおもしろいとおもうことが多いようだ。
というわけで、今日は歌詞をどのようにして書いているかという本を読んでいる。
裏側の話、人の頭の中がどうなっているか見聞きすると、意外な発見がおおい。この人は自分とまったく違う考え方をするんだな、この人はこんな考え方なんだ、この人の思考パターンはすごく論理的なんだな、などなど。
そういう風にして他人のことをみて、結局発見するのは自分の考え方との差、つまり自分なのかもしれない。