外側
めざめたらあたりが暗かった。仕事のつかれがたまっていたのか、ぐっすり眠っていたらしい。何時かもわからない。ふだん自分がたよりにしている時間という概念の外にでてしまったような感覚。
フィンランドに旅したことがある。その国にむかう機内でも、空港についてからも、現地の時間に時計をあわせるのを忘れていた。おまけに、宿泊先の詳細な地図も電話番号も知らずにいたので、当然のごとく迷子になった。まったく知らない、標識の文字さえよめない土地、くもっていてうすぐらい空。
しばらくすると雨がふってきた。それはとても冷たい雨で、日本の表現でいえば、「しとしと」にあたるものだった。あちらのひとの習慣なのかなにかわからないけれど、雨がふったからって皆が傘をさすわけではなくて、4割くらいの人は、ぬれたってどうってことない、という風にあるいていた。
ぼくは、2週間分の荷物をいれたスーツケースをもって、役に立たない広域すぎる地図をみながら、雨のなかをすすむことになった。時計はまだ日本時間のまま。電話のかけかたすらわからない。
ふだん自分が頼りにしている足場、価値観、概念がまったく役に立たないという経験だった。ここはいったいどこなのだろう?いったいいまは何時なのだろう?時間と空間の外側から世界を見ているような気分だった。