ひきつぎ

あたまの奥のほうでシートベルトをかける音がした。というのはもちろんたとえ話で、実際にそんな音が聞こえたわけじゃない。自分のなかで、ああなんかハマッたな、という実感があったという話。

2008年の11月後半から明らかに自分がおかしいんです。別になにかを決心したわけでもないし、それほど努力量を増やしたわけでもないんだけれど、やることが上手くいくんです。といっても、それほど大した成果がでているわけではなくて、細かくひとつひとつの作業が確実に形になっていく不思議な感覚です。ゴミ箱に投げたゴミが毎回入るような感覚に似ているかもしれません。(というわけで別に第一回自慢大会ではないので、僕をバッシングしないでください。とても小さい成果ですから)

おかしいなと思いはじめたのは嵐山にひとりで散歩に出かけたあたりです。あのあたりから、やりたいことがスーとできている感覚があるんです。やりたいことAのゴンドラから、やりたいことBのゴンドラに渡る動作をどんどん続けているような感じです。

決定的に自分でおかしいと思うのは睡眠です。長い間、僕はひどい夜型でここ2,3年は朝の6時に寝て朝の10時に起きるという生活が続いていました。もちろん四時間の睡眠では足りないので、仕事のあいまをみてうたた寝をするというかんじでした。でもその睡眠パターンが急に変わったのです。

ある日、仕事が終わり時計を見るとまだ夜の20時くらいでした。おなかが空いたな、どこかへ外食にいくか、なにか材料を買ってきて料理をしようと思いました。そして鍵を取ろうとしたのですが、強烈に眠いのです。もう立ってられないくらいの睡魔が襲ってくるのです。全然なにも考えることができず、気がついたら次の日の朝6時くらいになっていたのです。僕はどうやら眠っていたようです。

これだけの話なら、今まで悪い生活習慣をしてきたことで疲労がたまっていて、その疲労が僕を突然眠らせた、と考えることができるでしょう。でも、それからもずっと夜20時くらいに眠くなり、朝6時くらいに目覚めるのです。普通のことのように思われるかも知れないけど、自分にとってはこれは驚くべきことなのです。これまでどんなに努力しても夜型の生活から抜け出せなかったし、病院に一ヶ月入院していた時ですら朝方まで眠れませんでした。それがある日を境にして、まるで別人のような生活パターンに入ったのですから。

別人というのはおもしろい表現です。僕は幽霊や運命について強く信じていません。そういうこともあるかもね、というごく一般的なゆるい肯定派です。それを前提に聞いてほしいのですが、僕が感じている感覚は、ある期間を境にして、Aという人から、Bという人に、僕という人間の操縦権が変わったような感覚なのです。まるで仕事の引継ぎをAがBに行っているかのように、だんだんと自分の生活が変わっているのです。

病気じゃないか?老化じゃないか?と思うのですが、それも違うような気がします。というのは、変わったのが生活習慣だけではないからです。物事に対する判断のしかたも少し違います。これは微妙な感覚なのでうまく説明できるかわからないのですがやってみます。

なにかを考えたり感じたりするときには、もちろん自分が考えたり感じたりしていると思います。しかし、時と場合によって、よしやろう!とやる気がでたり、いや面倒だよと怠け心がでたりしませんか。

たとえば、あなたが食事を作るのは好きだけど、掃除をするのは嫌いな人だとします。
このとき食事を作ることと掃除をすることでやる気が一定でないのはわかるのです。食事を作るのは好きで楽しいけど、掃除をするのは嫌いで苦しいのですから。でも、好きな食事を作るときすらやる気は一定ではないでしょう。この現象について、いろいろな説明が可能だと思うんだけど、僕の感覚では、自分が自分の中の誰かと相談しあっているように感じるのです。

やる気があるときというのは

「なあ、きょうのご飯どうする?」と僕が問うと
「うん、しめじとひき肉があるからパスタを作ろう」と誰かが言う

やる気がないときというのは

「なあ、今日のご飯どうする?」と僕が問うと
「面倒だからどこかに食べにいこうよ」と誰かが言う

無意識の中で、それもすばやく会話が行われているので気づかないけれど、実際はこのようなやりとりがなされている可能性もあるよなと思うのです。つまり会社において社員や役員が会議で方針を決めるように、僕と、僕とはちがう人格が自分の中で相談することで、自分がなにをするかを決めているというような感覚です。

いま僕が感じているのは、その相談相手が変わったような感覚なのです。これまでの相談相手はどちらかというと怠けもので、まあなんでもいいじゃないか、という気のよいゆるいヤツだったのですが、今はもう少し継続力と何かを達成したいという意欲のあるヤツと話しているような感覚なのです。

とても不思議な話をしているので理解しづらいと思います。これはあくまで感覚的な話です。とにかく、いま自分という部屋の中で、以前とは違う誰かと生活しはじめたような感覚を感じているのです。