おいしいパン屋さん bonne volonte (ボン・ボランテ )
「あなたにとって、しあわせとはなんですか?」と聞かれたらすぐに答えられますか?
ぼくは答えられます。「はい、それはおいしいパンを食べることです。」と。
そのお店を見つけたのは偶然でした。友人と待ち合わせている場所にむかって普段は通らない道をぼんやりと歩いていたんです。すると、道路をはさんだ向かい側になんだか気になるお店がありました。なにが気になったのだろうかとおもい返してみると、お店のドアの色です。深い緑色にちょっとだけ赤が混ざったようなドアと白い壁が気になったのです。
なんだか素敵なたたずまいのお店だな、なんのお店だろう?と疑問におもいました。とくに看板がでているわけではないので道路をはさんでいては確認することができないでいました。そこで、車が途切れるのをまって道路をわたりました。いまおもうとその行為はとても不思議でした。普段なら知らない店をのぞくために、わざわざ道路を渡ったりしません。なんだか気になるけど、まあいいや、で過ごしてしまうはずです。でも、その時はなにかしら勘のようなものが働いたような気がします。
ドアの前に立ち、ガラス越しに中をながめると、店内には4名くらいの店員さんと、お客さんらしい人達が数名いました。少しだけみえるショーケースの中身から、そこがパン屋さんだということがすぐにわかりました。はっきり意識したわけではないけれど、自分の中の誰かが強烈にこう叫んでいるようでした。パン、ウマソウ、タベテミタイ。
ドアをあけ店内に入るとパンのにおいがしました。そこは3畳ほどもないくらいの狭い空間で、その中に数名のお客と、パンを入れたショウケースをはさんで、バタコさんみたいな店員さんがいるのです。店員さんは全員女性で、コットン素材でできた白地に青いボーダー柄の服をきていました。そして全員、パンを取り扱う証であるかのように、ふくらみすぎた食パンのようなコック帽をかぶっていました。そこで気づいたのですが、お店に入って右手には大きな釜がありました。たぶん、パンを焼く釜なのでしょう。その日は風が強く寒かったのですが、その釜のおかげで自然に暖がとれて、とてもあたたかいのです。あたたかい中で一生懸命はたらいている店員さん達の顔は、うっすらと汗がにじんで輝いていました。彼女たちはパンにかかわれる仕事ができてうれしい、といわんばかりの笑顔をしていました。そこにある全てのものが世知辛い現実から守られているかのような空間でした。
これは絶対食べないといけないとおもい、木苺のパンと数種類のパンを注文しました。しばらくして会計の順番がまわってきてお代を払うと店員さんがパンを紙袋にいれて渡してくれました。期待をふくらませて外にでました。どこか落ちつけるところを探そうかとおもったんですが我慢できませんでした。歩きながら袋をあけ、木苺のパンを取りだし、ひとくち食べました。
すごくやわらかい。パンの生地が"ふぁっふぁっ"です。普通にやわらかいだけなら"ふわふわ"と表現するところなのですが、それよりも柔らかいのです。いや、柔らかいの最上級をあげてもいいとおもいました。だから"ふぁっふぁっ"なんです。ふぁっふぁっの生地に木苺のジャムのほどよい甘さが口にひろがります。しかもパンの上にはグラニュー糖のようなものがかけてあってさらさらした舌触りです。
おいしいパン。以前フランスに旅行した際に食べたパンが奇跡のようにうまく、それ以来おいしいパンが食べたいなとずっとおもっていたのですが、ようやく見つけることができたんです。こんなパンを毎日食べることができたら、それはひとつの幸せの形だとおもいました。
あれから数日間、ふとした瞬間にあのパンのことをおもいだします。ああ、あのパンが食べたい。買いにでかけようか、いや、でも自転車で30分くらいかかるし、やることがある。でも食べたい、タクシーで行くか?いや、パン代よりタクシー代が高かったら馬鹿みたいだ。つぎ引っ越をするときには、あのパン屋のそばに...そんなことを真剣に考えて時間が過ぎていきます。ああ、今日あたり買いに行こうかな。
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