結局残ったもの

2006年07月03日02:40


こんなことを書くのは適切でもないし、後々めんどうなことになりかねないと
わかっているんだけど、どうしても言ってしまいたいことがある。

近くの公園までいって、穴を掘って叫んでこようかなと思うくらい
我慢ならない。はやく言って楽になりたい。
王様の耳はロバの耳の主人公の気持ちがわかる。

なんの話?って、簡単にいうとこれは恋愛と料理の話です。



今日は僕にとって休日で、朝からぼんやりと過ごし、
最近友人から教えてもらった「エビのチリソース」を作っていた。

はじめてにしては、それほど悪くない味にしあがったんだけど、
まだまだ改善の余地があるな、
と自分の作った料理を食べながら考えていた。


そんな風にぼんやりと自分の料理したエビに舌鼓をうっていると
「そういえば僕は自分の得意料理というものをどうやって身につけたのか?」
という疑問が浮かんだ。


一人暮らしをしてもう10年以上たっており、
その間基本的には定期的に料理をしてきた。

よく考えてみたら、とてつもない回数、
自分で料理を作ってきたはずだと思った。


もちろん、今まで作った料理のなかには、味がいまいちのものもあるし、
これはうまいぞ、と人に誇れるものもある。

そんな中で、ぼくは自分の得意料理のレパートリーを
大きくわけて2つの方法で身につけたんだ、と気づいた。


ひとつは自分の研究によって。

ある日なんの前触れもなく
「ああ、○○という料理ができたらいいだろうな」と思いたち、
まず自分で作ってみる。

そしてそのできに少し満足できずに本を読んで研究したり、
外食した際にお店の味を分析したりして身につけたもの。
(レパートリーの中ではパスタ系はこうやって身につけてきた。)



もうひとつは、料理を作ってくれた人のレシピを拝借することによって。

その料理を作ってくれた人っていうのが誰だったのかがポイントなんだけど
まあ、それは、その、なんというか...
大抵において、僕とつきあった「元」彼女達なわけです。

つきあった人達が得意としていた料理を
ひとつひとつ自分のものにしてきたわけです。
(レパートリーを明かすと後々めんどうなので秘密にしときます)


今日ぼんやりと自分の得意料理のレパートリーをいくつか思い出したとき

「あれ?これは○○から聞いて覚えたんだよな。」
「あの料理は△△がよく作ってくれたやつを別れたあとに練習したんだっけ?」

なんて思っていた。

ある料理=モトカノA
ある料理=モトカノB

みたいな図式が出来上がって、
自分的にはなんというかいたたまれない気分になりました。


もし、とっても暇なときがあるなら、
「モトカノから教えてもらった料理のフルコース」
なんてのを作ってみたらおもしろいかもしれない。


でも、そんなん作ってしまったら、
過去の恋愛の痛みや別れ際のやりとりやなんかが、
ありありと思い出されてきて、
ぜんぜん食欲なんかなくなっちゃいそうだけど...まいったまいった。



■その話の流れでいくと、
よく男同士で集まったときにありえない話としてこんな話をします。


「もし、歴代彼女が集会を開いたらどんな話になるだろう?」

これです。


考えるだけで恐ろしい光景です。
なんだか、「お腹が痛いので休みたいのですが...」と見え透いたウソの
電話をかけてしまうくらい怖いです。


元カノA「わたしとつきあっていた時、○○はすごく冷たかった」

元カノB「あれ?私の時はけっこうやさしくしてくれたわよ」

元カノC「それはあなた(A)とあなた(B)の間に私(C)が付き合って
ちゃんと教育したからよ」


とかなんとか、あれは私の影響だとか、あれは私が教えたんだとか
あいつは全然○○ができなかったとか、いや私の頃にそれは克服されてたとか、ワイワイがやがややられたら、その場で舌かんで死にたいと思います。


そんなこと、絶対におこらなとわかっているけど、
考えただけこの夏乗り切れるくらい涼しくなりませんか?


彼女達とは結局別れることになったけど、
いくつかの素敵な思い出と、いくつかのやりきれない思い出を
僕に残してくれたわけです。

それだけでも十分なのに、おいしい料理のレシピまで
おまけにつけてくれているんだから、
これはもう「ありがとう」というしかないよな、という気分です。


みなさん幸せにしているといいなーという
ほのぼのとした願いをこめて
結びの言葉にかえさせていただきたいとおもいます。


あー、スッキリした。