身の丈にあわないこと
- 2006年12月02日22:33
今日ぼくが1サイズ大きな靴下をはいているのには理由がある。
この間、無印良品で働いている友人から、優待チケットをもらい
日用品やら食器やらを買いにいった。お目当てのものを買う前に、
別段ほしくもない照明器具や、ソファーやカーペットをながめて
なにげなく楽しんでいた。
そんなふうにフラフラ歩いているときに、それは起こった。
前のほうから女の人が歩いてきた。
彼女はぼくを知覚し、歩くスピードをゆるめる。
ぼくも同じように歩いていく。
彼女の顔をみて、歩くスピードをゆるめる
そして、まるで申し合わせたかのように、二人は対面した状態で
ぴたっと歩みをとめてしまった。
頭の中でいつもは働いてくれている考える小人たちが
一瞬でどこかにいってしまったような感覚におちいり
ぼくは言葉をうしなった。
あきらかに、お互いがお互いを知っている人として感じているんだけど
かけるべき名前がうかんでこないのだ。
ただ視覚だけがぼくに彼女の情報をつたえる。
彼女は就職活動中のような黒いスーツをきている。
クリーム色のコートを手に持ち、indiviの紙袋をさげている。
色が白くて、なんだか知っている顔のようだ。
彼女はきょとんとした顔をしている。
ああ、彼女もぼくと同じように、名前を思い出せずに困っているのだ。
しっかりしなくては...
と思っていると、ようやく考える小人たちが戻ってきて
「この女の人は誰だっけ?」と相談をはじめた。
「この人は俺の知り合いか?」
「いや、知らない人かもしれないぞ」
「じゃあ、なんで彼女は俺の前で立ちどまっているんだ」
「彼女も不思議そうな顔をしてこちらをみているではないか」
「なにか声をかけてみろよ」
「なんてかけるんだ?」
「どこかでお会いしましたか?とかでいいだろ」
「それじゃあ、俺がナンパしているみたいじゃないか、そんなベタな」
「ベタでいいんだよ、ベタで。とにかく気まずいから、早くなんか言え」
という脳内会議が一瞬くりひろげられ、ぼくは口を開いた。
「あの...間違っているかもしれないんですが、
どこかでお会いしましたか?」
「いえ、あの...私も...知っている人だとおもって...」と女の人がいう。
「えーと大学時代の友達かなとおもったんですけ...ど...」とぼく。
「あ、わたしは、バイト先の先輩かと...」と彼女。
二人ともきまづくなって、どちらともなく少しほほえむ。
「え、勘違いかな、僕の名前は滝田です。」とぼく。
「あ、私は上田です。」と彼女。
「上田なんて人知らないよな?」
「就活してるってことは学生だろ?知らないだろ。」
「すいません、間違いみたいですね」とぼくはいった。
「なんだかすごく友達に似ていたんです、うそじゃなくて。」
お互いに不思議そうにしながらも、「じゃあ」といって別れた。
しかし、一人になってからも、どうも腑に落ちない。
なにかがおかしい。大切なことを忘れている気がした。
「彼女は本当に知り合いじゃないのか?」
「似ているとしたら、誰に似ているっていうんだ。」
「それにしても、お互いがピッタリとまってしまうことなんてあるのか」
「もしかして、ナンパとかおもわれてないよね。」
「そんなに俺はどこにでもいるような顔なのかな?」
などとぼんやり考えつつ、買い物を続けた。
こちらが一方的に勘違いする場合はあるだろう。
あの人知り合いに似ているな、というふうに。
逆に、あちらが、ぼくのことを知り合いに
似ているとおもうこともあるだろう。
しかし、両方同時に知り合いに似ているとおもって
同時に立ちどまることはそんなにないんじゃないか?とおもったら、
さっきのできごとは、すごく特別なことのようにおもえた。
知らない人に声をかけるなんてことも、普段のぼくなら絶対にしないことだ。
そんなことを考えながら、ぼくは次第に買い物に夢中になり、
さっきのことなど忘れてしまっていた。
平常心にもどったつもりだったけど、なにげなく気が散っていたのだろう。
帰ってきて確認すると、靴下のサイズを間違えて買ってきていた。
しかも、6足も...
1サイズ大きい靴下は非常に心地が悪い。
なんにせよ、身の丈にあわないことを経験するのは、よい気がしない。