バカボンのパパ3:ギアをかえる

2006年10月04日00:04


■ギアの例えは、あなたのおっしゃることとはポイントがずれるものの
こんな風におもうことがあるのだ。

なにかをしようとするときに、すべて同じ方法論でやることうまく行かない
ものごとには、悪路や坂道もあれば、平たんで走行しやすい道というものも
存在する。

自分ができないと思っていること
自分が不慣れなこと、わからないけどやっていること
やってみて結果が出始めたこと
自分が得意なこと

それらに対し同じ方法論をもって扱うのではなく
たとえば、坂道にはいったときには、ギアを一速にいれて
ゆっくりでもいいから確実に登っていけるような心持を持つといいと思う。
そこで、スピードがでないからといって怒ってはいけない。

その坂道を登れているだけで、あなたにとっては素晴らしいことではないか?

逆に成果が出始めたことに関しては、ちんたら一速にいれて走るのではなく
量やスピードをふやすための考え方にシフトチェンジする必要がある。

というふうにいうと、じつに簡単に思えるのだが、
自分自身が問題に取り組んでいるときは、自分のことで精一杯であるので
いま自分がどんな状況なのかということがわかりづらい。

坂道にいるのか高速道路にいるのか判断することすらしない。
ただ、目の前を向いて走っているだけである。

もし、知恵というものを使えるのであれば、状況を判断したうえで
ギアをかえることができるといいと思うのだ。


最後に、もうすこし視点を大きくすると、
人々の総意(たとえば国や産業など)もギアチェンジが必要であるとおもう。

個人に起こることは、その考えが真理であれば、かならず拡大解釈しても
当てはまる事例がでてくるとおもう。

個人が自分の何かを変えようと坂道をのぼるように
個人がうまくいった結果をもっと集めようとするように

国や時代にもそういう時期や状況がある。

いまは、ITを中心にして、なにかが行われているのがわかるとおもう。

さて、知恵が使えるのであれば、
状況を判断した上で、この時代が、人々がどこに向かっているのかを
知ることができるといいと思うのだ。