海辺のカフカを読んでいたら
- 2006年04月08日01:47
海辺のカフカを借りてきて
昨日の夜からずっと読んでいた。
一回の食事とちょっと寝たのをのぞいたら
一日中ずーっと読んで、今読み終わった
(2時から5時くらいまでの間陽だまりの中で読書するのは最高に幸せだ)。
(それがいいのかわるいのか微妙ですが...)
気づいたら、日付が変わっておりました。
ああ、日記書き忘れた。
まあいいか。
海辺のカフカを読む前に、それを読んだ読者達と著者村上春樹の本である
「少年カフカ」を読んでしまっていたので話の筋は大体わかっていた。
物語とそれを語る文体、それらの「乗り物」に
乗って村上さんが伝えたいことなどなど
いろいろ考えていたのですが、とてもとても考える範囲が
広いので、まあ簡単にはまとまりそうにありません。
「ことばで説明しても正しく伝わらないものは、
まったく説明しないのがいちばいんいい」([下]p414・大島兄のセリフ)
ということだったけど、だからこそ、
単純に物語が必要とされるのかな、と思った。
分かってほしいことや伝えたいことがあるとして
それを説明的に伝えのではなくて、ひとつの物語として伝える。
ひとは自分の知りたいものや聞きたいもの
自分の探しているものをその物語から得ようと思えば
得れるのではないだろうか?
この仮説に対する反証は考えていないけど、
まあ、そうだったらいいなーと思いました
じつはけっこうギリシャ神話が好きなので
オイディプスの話や、オルフェウスの話(イザナギ・イザナミ)
などの話の元型がでてくるのが興味深かった。
「人間の遺産をまとめ、それに自分の解釈を加え、新しいものを作る」
僕はそういうことが出来る人が好きだし
世の中もそういう行為を望んでいるように思えてしかたない
世の中に評価される人というのは、
音楽・絵・哲学・遺伝子・映画・物語・科学どのジャンルでも
みんなその原則に従っているというのが、僕の仮説です。
例によって反証は用意してないんだけどね
ああ、現実にもどってご飯を食べよう。
おなかがすいたなー
(備忘録)
・NYのことをかんがえる
・自分の好みのクラシックを探す
ルービンシュタイン=ハイフェツ=フォイマンの「大公トリオ」 百万ドルトリオ
ハイドンの協奏曲・一番 ピエール・フルニエのチェロ
メモ
・できていないことを見るよりは、出来ていることの方に目をむける
・市井という漢字をずっとシイと読んでいた。シセイだった
・ドラマツルギー
・ギリシャ戯曲